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岡山地方裁判所倉敷支部 昭和56年(わ)286号 判決 1983年1月07日

主文

被告人は無罪。

理由

一本件公訴事実は、

被告人は

第一、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和五六年八月二〇日午後二時三〇分ころ、倉敷市水島川崎通り一丁目一番川崎製鉄水島製鉄所内合金鉄第四電気炉工場南側付近道路において、普通貨物自動車を運転した

第二、前記日時、場所において、前記車両を運転して東から西に向け時速約三〇キロメートルで進行中、前方左右を注視し進路の安全を確認のうえ進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、自車の進路選択に気を取られ前方注視不十分のまま進行した過失により、折りから構内鉄道の踏切り手前で一時停止中の木戸宏運転の普通貨物自動車を約9.7メートルに迫つてようやく発見し、急制動の措置を取つたが及ばず、自車前部を同車後部に追突させ、もつて他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなかつた

ものである。

というのである。そして、検察官は、右第一事実は道路交通法六四条、一一八条一項一号に、同第二事実は同法七〇条、一一九条一項九号、二項に該当するというのである。

二そこでまず、右各事の存否についてみるに、司法警察員作成の実況見分調書、井上俊晴及び木戸宏の司法警察員に対する各供述調書、司法巡査作成の電話受発書、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書、並びに被告人の当公判廷における供述によれば、前記各事実はいずれもこれを認定することができる。

三次に、右各事実が道路交通法の前記各条項に該当するか否かについてみるに、

1  同法六四条及び七〇条にいう「運転」とは、同法二条一項一号にいう「道路」、即ち道路法二条一項に規定する道路、道路運送法二条八項に規定する自動車道、及び「一般交通の用に供するその他の場所」における運転をいい、右の「一般交通の用に供するその他の場所」とは、前記道路法等に定める各道路以外の、「不特定の人や車が自由に通行できる状態になつている場所」をいうものと解する(昭和四四年七月一一日最高二小判、判例時報五六二号八〇頁以下参照)。

2  ところで、被告人が普通貨物自動車を運転した場所は、前に二項で認定したとおり川崎製鉄水島製鉄所(以下川鉄という)構内の合金鉄第四電気炉工場南側付近の道路(以下本件場所という)であるから、道路法二条一項に規定する道路及び道路運送法二条八項に規定する自動車道ではない。

3  そこで本件場所が「不特定」の人や車の通行できる場所であるか否かについて検討するに、前記二項掲記の各証拠、川鉄保安課長中川喜義作成の捜査関係事項照会回答書二通、倉敷簡易裁判所裁判官作成の略式命令謄本、押収にかかる仮通門証一枚、通門許可証三枚、特別通門許可証、来客者入門予定票、来客者入門券、タクシー入門券、ステッカー各一枚(昭和五七年押第二九号の一ないし九)及び証人中川善義の当公判廷における各供述によれば、以下(一)ないし(四)の事実が認められる。

(一)  川鉄構内への出入口は正門、北門、南門及び西門の四か所であるが、用務のない者の出入りは許されない。構内に徒歩又は車で出入りすることが許されている者を類別すると以下のとおりである。

(a) 川鉄及びその関連会社の従業員

(b) 下請等協力会社(川鉄専用の通勤バス及び構内バスを運行している民間バス会社を含む)の従業員、常態的に出入りする資材納入業者及びその従業員、内航の専用船の船員、一〇日以内の短期の緊急工事等にあたる業者及びその従業員、並びに川鉄労働部長が特に構内に出入りする必要性を認めた者

(c) 前記以外の資材納入業者、来客者、見学者、タクシー

(d) 岡山県環境事業団の産業廃棄物運搬専用車

右のうち(a)及び(b)記載の者は、長短の差はあれ継続的に川鉄構内に出入りすることが予定されていて、川鉄に対し直接又は間接に少くとも事実上の経済的従属関係にあると認むべき者であり、これに対し(c)及び(d)記載の者は川鉄に対し前記従属関係にあると必ずしも認めがたい者である。

(二)  川鉄構内に出入りする人や車の一日当りの平均数は、前記(a)及び(b)記載の者並びにその車が約一五、〇〇〇人で約一三、五〇〇台、前記(c)の資材納入業者及びその従業員、来客者並びにその車が約六〇〇人で約五〇〇台、工場見学者が約二〇〇人である。なおタクシーについては右来客者等の車五〇〇台中に含まれるものと考えられる。また前記(d)記載の車の数は不詳である。

そして、前記(c)記載の見学者と前記(d)記載の車とは後に(三)の(3)、(4)で認定するように川鉄構内を通行する態様が特殊であるから、これを除外して考えると、川鉄に対し前記従属関係にあると必ずしも認めがたい者及びその車が全体に占める割合は僅か約二五分の一に過ぎない。

(三)  前記(a)ないし(d)記載の者は川鉄構内に出入りする際保安課員の一々のチェックを受ける。前記従属関係にない者に対するチェックは特に厳重である。即ち

(1) 前記(a)記載の者は、正門、北門、南門のいずれにおいても川鉄構内に出入りすることができるが、出入りの際は川鉄から交付されている社員証明書を保安課員に提示しなければならない。右の者が車で出入りをするときは、予め申請し免許証の所持を確認のうえで交付されている乗入許可証のステッカーをフロントガラスに貼付した車で出入りすべき旨の要件が付加される。右の者が川鉄専用の通勤バスに乗つて構内に出入りする場合は、バスに乗車する際運転手に乗車証を提示することを要する。

(2) 前記(b)記載の者のうち協力会社の従業員、資材納入業者及びその従業員は、いずれも予め川鉄から交付された、顔写真貼付の通門許可証を、所定の門において保安課員に提示しなければならない。資材納入業者の場合は、右に加えて、入門時には納品伝票の、出門時には納品受領書の提示も必要である。なおこの種通門許可証は昭和五六年一年間で合計九、二〇〇枚発行されている。

船員は、埠頭から構内に上陸することができるが、所定の門から構外に出るためには、保安課員に対し前同様の通門許可証を提示しなければならない。なおこの種通門許可証は前同年一年間で二〇〇枚しか発行されていない。

緊急工事従事者は、予め川鉄から交付された、写真貼付のない、仮通門証を所定の門において保安課員に提示しなければならない。なお仮通門証は前同年一年間で八〇〇枚発行されている。

川鉄労働部長が特に川鉄構内に出入りを認めた者は、予め川鉄から交付された、写真貼付のない、特別通門許可証を提示すれば、正門、北門、南門のいずれの門においても出入りすることができる。この特別通門許可証は前同年一年間で一〇〇枚しか発行されていない。

そして、以上の者が車で出入りする場合でも要件が付加されることはない。右各種通門許可証の交付の際もまた出入りの際も免許証の有無の確認はなされていない。

(3) 前記(c)記載の者のうち資材納入業者及びその従業者、来客者は、予め保安課宛に部内の者から来客者入門予定票が届けられている者及び保安課員において来客者の訪問予定先に電話連絡をし面接承諾のなされた者に限り、入門が許可される。この場合来客者入門券が利用される。この入門券は二枚綴りの複写式になつていて、来客者が勤務先、住所、氏名、年齢、訪問先、訪問目的、使用自動車ナンバーを記入し、出入りを許可した保安課員及び面接者が所定の欄に自己の捺印をして責任の所在を明らかにし、かつ出入りの時刻も記入することになつている。また、入門券の表面下方には、車両の運転者はシートベルトをしめて毎時四〇キロメートル以下の速度で運転するようにとか、本券記載の行先以外の場所に立ち入らないようにとかの注意書も印刷されている。更にその裏面には工場の配置図が記載されており、保安課員は訪問先までの道順を赤線で記入したりして説明をしたうえ、これを入門者に交付する。なお資材納入業者の出入りに納品伝票、納品受領書の提示を要する点は前記(b)の資材納入業者の場合と同様である。以上の者が徒歩でなく車で出入りする場合でも、そのために要件が新たに付加されることはない。入門券を交付する場合も、免許証の有無の確認はしていない。

見学者は、予め申請して許可を受けた者のみ入構を許可される。この場合見学者の乗つてきた自動車で構内をまわることになるが、入門から出門までの間終始川鉄の担当課員が引率同行するので、構内を自由に通行することは一切許されていない。

タクシーは、通常来客者が利用するものと考えられるが、来客者に準じタクシー入門券を使用する。この入門券には、入門者が年月日、会社名、営業所名、氏名、年齢、車両ナンバー、行先を記入し、保安課員においてトランク内の荷物の有無を調べたうえ、入門を許可する。この場合、門の名前と入門時刻を記入して入門券を入門者に交付し、出門時には、保安課員が右入門券を回収して所定の欄に自己の捺印をし責任の所在を明らかにしたうえ出門時刻を記入することになつている。この入門券の表面下方には、構内の交通法規を遵守するようにとか、構内での流し行為は禁止されているとかの注意書が印刷されている。但し入門に際し免許証の有無の確認はしていない。

(4) 前記(d)記載の産業廃棄物運搬専用車は、予め川鉄に届出のなされた、外観上も一見してそれとわかる車で、この車専用の出入口とされている(したがつて他の車や人の出入りが一切許されない)西門からほぼ直線に南下して埋立地に至る道路のみを往来し、その余の本件場所を含む川鉄構内を通行することはない。

(四)  川鉄構内における交通秩序維持の状況についてみるに、

(1) 川鉄構内は、前に(二)で認定したとおり多数の人や車が出入りしていて、交通秩序維持の必要性は大きい。そのため川鉄は、交通安全規定を設け、約一〇〇名の保安課員が、前記のとおり人や車の出入り及び物品の搬出入のチェックにあたるほか、構内の交通秩序維持の業務等にも従事している。即ち、保安課は、構内各所に必要に応じて信号機や道路標識等の物的設備を設置している。その殆どの形状は市内の一般道路のそれと同一のものであるが、保安課で工夫した独自のものもある。そして、このような物的設備を設置するについては、かつては公安委員会や警察と相談したことがあるけれども、最近はそのような相談をすることもなく、保安課独自の考えと責任において行つている。また保安課は、構内乗入れのマイカーについては各課ごとに選任されている交通指導員を通じて、また社有車については安全運転管理補助者を通じて文通指導を行つてもらうほか、時には構内で交通違反の取締りも行う。そして反則者を発見すると、現場で同人に注意を与えるとともに、その所属長及び交通指導員あてに「反則行為通報」を発し、これらの者からも指導してもらい、かつその結果を報告するよう求めている。このように、反則者に対する事後的処置は、同人が反則行為を繰り返さないよう指導することに重点が置かれているけれども、無免許で車両を運転する等悪質な反則行為をした者に対しては、期間を定めて通門証を押収し、構内に出入りするのを禁止するという、労働の機会を奪い場合によつては川鉄が私的にいわゆる日数罰金を科すが如き結果を惹起すると考えられるところの、強い制裁を科している。しかしその反面、たとえばそれが無免許運転など一見道路交通法にふれると考えられるような態様のものであつても、また物損事故を惹起した場合であつても、川鉄限りで内部的に処理するにとどめ、警察に通報することはしない(これに反し人身事故は警察に通報する。本件は、被告人が人身事故を発生させたため、川鉄から警察に通報した結果、本件各公訴事実が警察に発覚したケースであつた)。

そうしてみると川鉄は、構内の交通秩序を、道路交通法の適用によつてではなく、自らの敷地管理権によつて維持する意思であると看取しうる。

(2) 他方、公安委員会や警察がこれまで川鉄構内において物的にも人的にも交通秩序維持のための事前の交通規制をしたことはない。なるほど、事後的なものとしては、倉敷簡易裁判所が、昭和五三年一二月一九日、川鉄構内における自動車の接触事故に対し道路交通法七〇条、一一九条一項九号を適用して略式命令を発した例がある。しかし右裁判がその後の川鉄構内における交通違反の防圧に大きな効果を発揮したと認むべき特段の事情は窺えない。

(3) そうしてみると、川鉄構内の交通秩序の維持は事実上専ら川鉄の敷地管理権に基づいてなされてきたと考えて差し支えない。そしてその結果についてみると、川鉄構内の昭和五六年一年間の人身事故は約一〇件であり、物損事故は、正確な数は詳かではないが、月間一〇件に満たない。無免許運転の反則行為は、かつては多発していたが、最近は少なく、前同年一年間で一、二件発生したにすぎない。下請等協力会社の従業員が川鉄構内で車の運転の練習をしたりする例はないわけである。そして川鉄構内における交通の秩序が構外の一般道路に比しそれよりも乱れていると窺わせる事実はなく、川鉄の敷地管理権による構内交通秩序維持の目的はそれなりに達成されていると推察される。

(五)  そして、右(一)ないし(四)認定の諸事実、殊に、用務のない者は本件場所を含む川鉄構内に出入りすることが許されないこと、用務があつて構内に出入りすることが許されている者も、その殆どは川鉄に対し直接又は間接に少くとも事実上の経済的従属関係にある者であり、右従属関係にない者の比率は全体の約二五分の一にすぎないこと、川鉄構内に出入りするときはすべての者が保安課員の一々のチェックを受けるが、前記従属関係にない者に対するチェックは特に厳重であること、公安委員会や警察はこれまで川鉄構内で事前の交通規制をしたことが全くなく、他方川鉄においても、道路交通法の適用によつてではなく、自ら設けた交通安全規定及び保安課員等の活動によつて構内の交通秩序の維持を図る意思であり、現にそれなりにその目的を達していること等に徴すると、本件場所を含む川鉄構内が「不特定」の人や車の通行できる場所であるとは認めがたいといわなければならない。

(六)  なるほど、前に認定したとおり、川鉄構内に出入りする人及び車は一日平均約一五、八〇〇人、約一四、〇〇〇台の多くにのぼり、前記(b)及び(c)記載の者については、通門許可証交付の際も構内への出入りの際も免許証の有無のチェックをしていないうえ、証人中川喜義の当公判廷における各供述によれば、川鉄構内の広さは約三四〇万坪、右構内の道路の総延長は約一〇〇キロメートルにも及ぶこと、そして人や車は、一旦構内に入つてしまえば、その後はどの道路を通行することも事実上自由であることが認められ、これらの事実に徴すると、川鉄構内を一般交通の用に供する場所即ち「道路」であると評価し、道路交通法を適用すべきである、という見解もありうるかと思われる。

しかしながら、論理的には「特定」の多数の人や車が広大な敷地内の道路を自由に通行するという場合もありうるから、前記の人車の多数、敷地広大、道路長大、構内道路の通行の自由の各事実は、必ずしも直ちには、構内に出入りする人や車の「不特定」性を裏付けるものではないし、前記免許証の有無のチェックがなされるか否かは、なるほど右人や車の「特定」又は「不特定」に関係してくる間接事実の一つではあるが、右チェックを欠くからといつて、直ちに右人や車が「不特定」のものになるほどの決定的なものでもない。ただ右各事実のために川鉄の敷地管理権による構内交通秩序の維持が困難な状況を呈するに至つたときは、右人や車を「不特定」のものと認めるのが相当であろうが、前記(四)(五)で判示したとおり、川鉄の敷地管理権に基づく構内交通秩序維持の諸方策はそれなりにその目的を達しているのであるから、未だ川鉄構内を「不特定」の人や車の通行する場所であると認めることはできない。

4  そうしてみると、被告人が普通貨物自動車を運転した川鉄構内の本件場所は、その余の要件について判断するまでもなく、道路交通法二条一項一号のいう「一般交通の用に供するその他の場所」即ち「道路」にあたらないから、結局被告人の前記公訴事実第一の所為は同法六四条に、同第二の所為は同法七〇条に該当しない。

四よつて刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(重吉孝一郎)

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